皆さんは医療機器の設計において、どのような課題に直面されているでしょうか。
医療機器の設計は、人命に直接関わる重要な仕事です。
そのため、一般の製品設計以上に高い精度と安全性が求められます。
しかし、この高い要求水準がゆえに、設計プロセスでは様々なミスが発生しやすい状況に置かれています。
今回は、30年以上にわたり医療機器開発に携わってきた経験から、よく見られる設計ミスとその回避方法についてお話しさせていただきます。
私の経験してきたMRI開発や血糖値測定器の設計プロジェクトを通じて得られた知見が、皆様の開発プロセス改善のヒントになれば幸いです。
目次
医療機器設計で陥りがちな3つのミス
医療機器の設計において、特に注意が必要な3つのミスについて詳しく見ていきましょう。
設計要件の不明確さ
医療機器開発において、最も根本的な問題となるのが設計要件の不明確さです。
これは私が東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)在籍時に、痛感した課題でもあります。
例えば、あるMRI装置の開発プロジェクトでは、初期の要件定義が不十分だったために、開発の後半で大きな手戻りが発生しました。
具体的には、特定の撮影シーケンスにおける画質要件が明確に定義されていなかったのです。
【要件定義における問題の構造】
不明確な要件定義
↓
開発の手戻り発生
↓
プロジェクト遅延・コスト増
この経験から学んだのは、以下のような要件定義の重要性です。
医療機器の要件定義では、技術仕様だけでなく、臨床上の要件も明確にする必要があります。
例えば、「画質向上」という漠然とした要件ではなく、「特定の臓器における1mm以下の病変の検出が可能な画質」というように、具体的な数値や臨床的な意義を含めた要件定義が重要となります。
規制対応の失敗
医療機器開発において、規制対応の失敗は致命的な問題となります。
私がパナソニック ヘルスケアで経験した血糖値測定器の開発プロジェクトでは、初期段階でFDA申請の要件を十分に考慮していなかったために、設計変更を余儀なくされました。
このような規制対応の失敗は、以下のような深刻な影響をもたらします:
┌─────────────────┐
│ 規制対応の失敗 │
└────────┬────────┘
↓
┌─────────────────┐
│ 設計変更の発生 │
└────────┬────────┘
↓
┌─────────────────┐
│開発期間の長期化 │
└────────┬────────┘
↓
┌─────────────────┐
│ コストの増大 │
└─────────────────┘
特に重要なのは、ISO13485とFDA申請要件への対応です。
これらの規制要件は、製品の設計段階から考慮に入れる必要があります。
「後からでも対応できる」という考えは、医療機器開発では通用しません。
使用者視点の欠如
医療機器設計における3つ目の重要なミスが、使用者視点の欠如です。
これは私が特に強調したい点です。
なぜなら、優れた技術を持っていても、実際の使用環境で使いづらい製品では、臨床現場で受け入れられないからです。
具体的な例を挙げてみましょう。
私が関わった血糖値測定器の開発では、当初、エンジニアの視点で設計を進めていました。
しかし、実際の使用者である糖尿病患者さんの声を聞いてみると、以下のような重要な気づきがありました:
【使用者視点で見えてきた課題】
エンジニアの想定
↓
「正確な測定が最重要」
↓
使用者の実需要
↓
「片手で簡単に操作したい」
この経験から、ユーザビリティテストの重要性を痛感しました。
医療機器の使用者は、必ずしも技術に精通している訳ではありません。
むしろ、緊急時や体調の悪い時にこそ使用される可能性が高いのです。
そのため、直感的で使いやすい設計が不可欠となります。
ミスを回避するための設計戦略
これまで見てきた3つのミスを回避するために、具体的な戦略について説明していきましょう。
なお、自社での開発が難しい場合は、医療機器の委託開発を専門とするアスター電機のような、ISO 13485認証を取得した信頼できるパートナーに相談することも一つの選択肢です。
要件定義プロセスの改善
要件定義の改善には、体系的なアプローチが必要です。
私がMRI開発で実践してきた方法をご紹介します。
まず、要件定義のプロセスを以下のような構造で進めていきます:
┌──────────────────┐
│ 1.臨床ニーズ把握│
└────────┬─────────┘
↓
┌──────────────────┐
│ 2.技術要件の特定│
└────────┬─────────┘
↓
┌──────────────────┐
│ 3.規制要件の確認│
└────────┬─────────┘
↓
┌──────────────────┐
│ 4.文書化と共有 │
└──────────────────┘
このプロセスで特に重要なのは、関連部門との密接な連携です。
例えば、臨床現場の医師や技師との直接的な対話を通じて、実際の使用環境での要求事項を詳細に把握します。
また、規制部門との早期からの連携により、開発の後戻りを防ぐことができます。
規制要件対応の徹底
規制要件への対応は、製品開発の初期段階から計画的に進める必要があります。
私の経験から、以下のような対応方法が効果的だと考えています:
フェーズ | 実施項目 | 重要ポイント |
---|---|---|
計画段階 | 規制要件の特定 | 対象市場の規制確認 |
設計段階 | 設計管理の実施 | ISO13485準拠の文書化 |
評価段階 | 検証・妥当性確認 | FDA要件との整合性確認 |
特に、ISO13485に基づく品質マネジメントシステムの構築は、開発の基盤となります。
規制専門家との連携も重要で、私の場合は外部コンサルタントと定期的なレビューを実施していました。
使用者視点を取り入れた設計
使用者視点の設計を実現するために、私たちは臨床シミュレーションを積極的に活用しています。
これは単なる機能テストではありません。
実際の使用環境を可能な限り忠実に再現し、医療従事者や患者さんの行動を観察するのです。
例えば、血糖値測定器の開発では、以下のような視点で設計を見直しました:
【使用者視点の設計ポイント】
操作性の向上
↓
□ ボタンの大きさと配置
□ 画面の視認性
□ 片手での操作性
↓
安全性の確保
↓
□ 誤操作防止
□ 異常値警告
□ バッテリー残量表示
実践事例:成功と失敗から学ぶ
成功事例:糖尿病患者向け血糖値測定器
パナソニック ヘルスケアでの血糖値測定器開発は、要件定義とユーザビリティの両面で成功を収めた事例です。
このプロジェクトでは、開発の初期段階から以下の取り組みを実施しました:
- 患者さんへの詳細なヒアリング
- 医療従事者との継続的な対話
- 実使用環境での検証テスト
その結果、高齢の患者さんでも直感的に使える製品を実現することができました。
失敗事例:画像診断機器の設計ミス
一方で、私が経験した画像診断機器の開発では、規制要件の見落としにより大きな困難に直面しました。
具体的には、FDA申請に必要な特定の安全性試験を開発後期まで実施していなかったのです。
この失敗から、以下のような教訓を得ることができました:
【失敗から得られた教訓】
規制要件の見落とし
↓
┌────────────────┐
│設計変更の必要性│
└────────────────┘
↓
┌────────────────┐
│開発期間の延長 │
└────────────────┘
↓
┌────────────────┐
│コスト増大 │
└────────────────┘
今後の医療機器設計に求められるもの
技術革新と規制の調和
医療機器の設計は、技術の進歩とともに新たな課題に直面しています。
特にAIやIoTの導入により、従来の設計アプローチだけでは対応が難しくなってきています。
例えば、AIを活用した画像診断支援システムでは、アルゴリズムの性能評価と規制対応の両立が新たな課題となっています。
これらの課題に対しては、以下のようなアプローチが重要となります:
【技術革新への対応策】
革新的技術の導入
↓
規制要件との整合性確認
↓
段階的な実装と検証
↓
継続的な性能モニタリング
グローバル市場での競争力を高める設計
医療機器のグローバル展開においては、各国の規制要件への対応が不可欠です。
私の経験では、以下のような取り組みが効果的でした:
項目 | アプローチ | 期待効果 |
---|---|---|
設計プロセス | 国際標準への準拠 | 各国規制への円滑な対応 |
市場調査 | 現地ニーズの把握 | 競争力のある製品開発 |
品質管理 | グローバル基準の採用 | 高い製品信頼性の確保 |
まとめ
医療機器の設計において、ミスを完全に避けることは困難です。
しかし、これまでご紹介してきた観点を意識することで、重大なミスを未然に防ぐことができます。
特に重要なのは以下の3点です:
- 要件定義の段階での徹底的な検討
- 規制要件への早期からの対応
- 使用者視点に立った設計アプローチ
最後に、医療機器の設計に携わる皆様へのアドバイスをお伝えしたいと思います。
完璧を目指すことは大切ですが、それ以上に重要なのは、常に使用者の安全と利便性を考え続けることです。
皆様の日々の努力が、より良い医療の実現につながっていることを忘れずに、設計に取り組んでいただければ幸いです。